ベーシックインカムはバラ色の将来なのか?-かなり疑問です。

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ほんと、我が尊師イケハヤ様のブログを見ていると、ブログネタに困らないですね。ほとんどはイラっとさせられるだけなのですが、たまに良いことも仰っておられます。

 

今回、イケハヤ様がずっと前から言っている「ベーシックインカム」(最低限度の生活を保障するため、すべての国民に現金を給付するという政策構想)について、取り上げたいと思います。

《イケハヤ様ブログ》 ベーシックインカムと未来社会について、あれこれとした議論。

議論自体がかなり浅いので、まったくなんの結論もないのですが、イケハヤ様曰く、遠くない未来において、無能な人間が働かなくても基本収入が得られるようになるらしいです。(この表現にもイラっとしますね。さすがです。)

それが2030年ぐらいらしいので、あと、12年です。

コンピューターの急激な発展でもうすぐ働かなくてもよい時代に?

確かに、昨今のコンピューターの急激な発展により、昔は理論だけにすぎなかったニューロンを、膨大なCPUの計算量で構築できるようになり、機械学習が個人レベルでも実現できるようになりました。

一番の驚きは、AI技術を利用したスマートスピーカーが数千円という値段で買える、技術マニアにとってはほんとバラ色の世の中になったことです。

その他、無線技術の発展もあり、個人のスマホで簡単に大量のデータのやり取りもできるようにもなりました。

ほんの一昔前まで、GBなんて単位はまったく想像もつなかないぐらいの大容量でした。

 

このままのスピードで発展を続けるなら、近い将来、アンドロイドがすべてのキツイ仕事を引き受けてくれる世界も夢ではない、というのも分かる気がします。

今から10年後だとさすがにまだ無いと思いますが、30年、50年後には人間と見分けがつかないアンドロイドが量産されているという未来もあるでしょう。

ただ、今の基本技術ではそろそろ限界に来ているので、技術的にもう一段のブレークスルーが必要だとは思いますが。。。

そんなアンドロイドの話は、鉄腕アトムの時代からあり、私が中学生の頃に読んだ、フィリップ・K・ディックのSF小説「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」(「ブレードランナー」の原作)の世界観そのままです。

(それにしても、この小説は1968年の作品なんですね。とても50年前の作品とは思えないです。)

ベーシックインカムでみんな幸せって本当?

ただし、そんな世の中になっても「ベーシックインカムでみんなハッピーに!」なんて世の中には決してならないでしょう。

今でも、金持ちと貧乏人の格差がどんどん広がっていっていますが、未来の世界では、マスマス格差が加速しそうです。

資本主義とはそういうもので、お金を持っている人のところにはお金が集まってくるのです。

まず、色んなところで言われているように、アンドロイドやロボットが普及することでほとんどの人は彼らに仕事を奪われます。世の中は、大量の失業者で溢れかえるでしょう。

たぶん、ベーシックインカムが法整備される前にそうなるので、まさに大混乱です。

 

その後、ベーシックインカムによって、最低限度の生活保障はあるけど、持たざる者は一生底辺から抜け出せない世の中になっていくでしょう。

戦後の共産社会を見ればわかるのですが、「財産をみんなで分配しよう」なんて考え方は、完全に間違った失敗政策です。

働いても、働かなくても、同じだけの給料がもらえるなら、誰も頑張って働いたりしません。お釈迦様のように高潔に生まれて来る人は、めったにいないのです。

もちろん、その反省を生かしてベーシックインカムでは、頑張る人も頑張っただけの得があるようにするのでしょうが、そもそも、働かなくても食っていける時点で、ダメな感じです。

 

特に、「最低限度の生活保障」という点がキーポイントになるでしょう。

ベーシックインカムで最低限度の生活が保障される世の中ってどんな感じなのでしょうか?

まったりと生きようと思えば、生きていける社会です。その時点で、半分以上の人は働くことを放棄するかもしれません。

また、そんな生易しい社会では、ハングリー精神がまったく育ちません。

ちょっと、嫌なことがあって仕事を辞めても、生きていけるのです。頑張って仕事することがすぐにバカらしくなるでしょう。

何も好き好んでキツイ仕事をしなくても、とりあえず生きていけるのであれば、仕事せずにゲームばかりしているっていうニートも急増しそうです。

 

という風に考えていくと、ベーシックインカムなんて、どう考えても失敗する予感しかしないです。

ちょっと前の「ゆとり世代」がもっと大規模になって復活です。

日本の生活保護ではなぜダメなのか?

最低限度の生活保障という意味では、今の日本でも既に生活保護があります。

ただし、日本の生活保護では、その人が働いて収入が増えれば、貰っていた生活保護が削減されたり、無くなってしまったりすると言う点が、ベーシックインカムとはまったく違います。

この点では、ベーシックインカムの方が遥かにマシです。

日本の生活保護では、ヘタに働くと受給が無くなってしまい、働いた方が損をするということも起こるらしいです。

実際、うちの親も働くと年金がもらえなくなるので、仕事を辞めました。なんとも、おかしな話です。

 

また、キチンと長年働いて年金を収めてきた人がもらう年金支給額より、一切何もしてこなかった人がもらう生活保護費の方が高い、なんてことがよく問題になっています。

こんな風に真面目に働いた人が損をする日本の社会というのは、何かが間違っています。

フィンランドのベーシックインカム試験導入に期待

先日、テレビでやっていたのですが、フィンランドではベーシックインカムの国家レベルで試験導入を去年から始めていると、話題にしていました。

その内容は、2,000人の失業者に対して月に560€(約7万4000円)を支払うというもので、それだけで生活するにはギリギリな感じです。

実際、貰っている人にインタビューしていたのですが、贅沢するにはもっと欲しいというのが実状だそうです。

まさに、絶妙な給付金額みたいです。

フィンランドのベーシックインカムはキチンと考えられており、良い生活をしたい人はもっと働いて頑張るしかないのです。

かつ、このベーシックインカムは試験的な導入なので、その期限も決まっています。その間に何とか求職して、生活を立て直そうと頑張る人がほとんどみたいです。

こんな風に期限付きのベーシックインカムなら、ワンチャンスありかもしれません。

まとめ

国民すべての最低限の生活を保障するというのは、憲法にも書かれているすばらしい理念です。

ただ、働かなくても生活費を貰えるという社会が本当によいのか、それでみんなが本当に幸せになれるのか、個人的にはかなり疑問です。

本当にベーシックインカムが一生涯保障されるようになると、わざわざ働かないという人も多くなるはずです。

特に、元気で働けるのに働かないという人にまで、生活を保護する必要はないという意見です。

「働かざる者、食うべからず!」というと、古いと言われそうですが、日本人の美徳と言われた勤勉さが最近は無くなってきているようで、このままでは日本が沈没する日もそう遠くないでしょう。

 

また、今までの人間の歴史を振り返ると、ベーシックインカムが導入される前に世界第三次世界大戦が勃発して、えらいことになってる確率の方が高そうです。

次、世界大戦が起こると、核兵器によって地球規模で破壊されるので、ベーシックインカムなんてどころではなくなります。

まさに「北斗の拳」の世界のように、弱肉強食の世の中になっていてもおかしくないです。

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